ついに、警備保障を退職しました

還暦を迎え、15年間務めてきた警備の仕事を退職しました

f:id:ryo326:20220331112910j:plain

今後は、年金を受給しながら 作家一本でのんびり過ごします

これは、15年前に決めていたことでした、、、

 

思えば、18年前、、、

f:id:ryo326:20220331113207j:plain

ゴルフ場勤務の42才の僕は、遊んでばかりで、つまらない人間でした

しかし同時に 「自分は何者か」 という疑問に悩み、恐怖すら感じ

「職人になりたい」 と思っていたのです

 

そこで出会ったのが、着物の伝統工芸士の先生でした

僕は会社を辞め、弟子入りさせて頂きました

f:id:ryo326:20220331113235j:plain

(先生は記事にされたくない方なので、そこは割愛させて頂きます)

 

僕は毎日8時間、冷暖房のない部屋で生地を織り、修行しました

 

3年が過ぎようとした頃、着物だけじゃ食っていけない現実や

業界の腐った体質などに絶望を感じ

貯金も底をついたので、警備の会社でアルバイトを始めました

f:id:ryo326:20220331113328j:plain

しかし、中洲の駐車場の勤務でも、古株のバカ野郎たちと喧嘩になり

天神のツタヤ駐車場では、係員の態度が悪いと 何度も通報され

「人生ってつまらんなぁ~」 って思ってました

 

f:id:ryo326:20220331113403j:plain

それでも、作家がやりたいから、、、

昼バイトの時は、深夜まで作品を作り、深夜バイトの時は、昼に作品を作り

「年中無休人間」 をやってきました

 

f:id:ryo326:20220331113457j:plain

(これは近年の写真です)

ちょうどその頃、居酒屋をやってる後輩も経営を悩んでる時期で

僕の話を聞いて 「年中無休」 を僕もやってみます! と言ってくれ

同じく作家の弟や、いつもの仲間と酒を酌み交わす時間もあって

なんだかみんなで頑張ってるような気持ちでいました

 

f:id:ryo326:20220331113448j:plain

だからあの頃の、暗い目をした自分に言ってやりたいです

「大丈夫、60才までは やれるから」 ってね

 

f:id:ryo326:20220331113433j:plain

その後、木原さんという人との出会いで、中国に行けることになったり

一閑張りという作品を勉強して、展示会で順調に売り上げを稼げたり

作家仲間も増え、タイ旅行という素晴らしい趣味も加わって

まあまあ、楽しくやってきました

 

f:id:ryo326:20220331113517j:plain

勤務が、葬儀社の警備に移籍してからも、いつどうなるか分からないのが

作家人生なので、用心深い僕は、警備の仕事をずっと続けていました

 

f:id:ryo326:20220331113525j:plain

ま、結果的にそれが

コロナ禍を乗り切って、飯が食えたことに繋がりました

 

f:id:ryo326:20220331113555j:plain

最後の勤務は、ベルコシティホール伊都の警備でした

 

これで

15年前に60才までやる! と決めた警備の業務から退職致します

関係者の皆様、誠に有難うございました

f:id:ryo326:20220331113617j:plain

蝶のように、ここから羽ばたくという年でもありませんが

 

 

f:id:ryo326:20220331113643j:plain

ゆすら梅のように

いつまでも、小さく美しく咲いていたいかな、とは思います

他人の人生なんか知るか、と思う方もいるでしょうが

最後まで読んでくれた方、心より感謝いたします。